毎年、近くの小さな神社で干支のついた絵馬を買っていた。大量生産の何の変哲もない絵馬だ。
その絵馬が怪異の一つだと気づいたのはずいぶん後になってからのことである。
絵馬は台所に飾っていたが、毎年夏になる頃に、その年の絵馬の絵、つまり干支にちなんだ物音が始まる。器物は百年をもって化けると言うが、縁起物はもっと早いのか、ほぼ半年で化けるということになる。
最初にそのことに気が付いたのは戌の年。
夜の台所でとてとてと柔らかな肉球がフローリングの床を歩く足音が毎夜する。猫を飼っていたのでその猫の足音だと最初は思っていた。
ある夜、足音を聞いて、猫だなと思い布団の上を念のためにまさぐると、その手の先で毛の塊がふにゃんと寝返りを打った。一匹しかいないはずの我が家の猫である。
とすれば台所のあの獣の足音は?
わあっと、飛び起きた。
あわてて台所に行き電灯を点ける。何もいない。さして広くも無いマンションの一室、窓は元より開けないし、当然ながら玄関にも窓にも鍵がかかっている。
その後、同様のことが何度も続き、やがて足音は二匹分に増えた。
そこまで来てはっと気づいた。これはもしや。
絵馬には親子の犬がじゃれあう姿が描かれていた。
馬の年には蹄の歩く音がした。かぽかぽと聞きなれない音がするのだから異様である。これも聞こえ始めたのは夏の頃である。正月に神社から絵馬を貰ってきてからほぼ半年。だいたいこの頃には干支が化けることを忘れているので、毎回気づくのに時間がかかる。
ある年のはさらに判りにくかった。
朝起きて来た母親が私に文句を言うのだ。
「夜中に台所を拭き掃除するのは止めておくれ。うるさくて寝られやしない」
ええ? 拭き掃除なんかしてないよ。
「何かこすっていたじゃない」と母。こちらの弁解を信じてくれない。
朝飯を食べているときにはっと気づいた。ああ、あれだ。
その年は巳(蛇)の年だった。