渡る世間は銘板

渡る世間は:初めに

 ブラックな企業に勤めてしまった。
 従業員四万人。一年間の新入社員四千人。どうどうの一流企業の数字だが、裏を返せば年間四千人が辞めていっているブラックな企業であった。
 この手の企業は自殺者が多い。後で聞いたところによると他社に比べて自殺率は三倍との話だった。
 休日深夜まで本社ビルの明かりは消えない。その明かりすべてが徹夜作業を意味している。
 その中の一つ、地獄の四番館と呼ばれる四階建ての社屋からは一か月に一人の割合で飛び降り自殺が出る。最後の言葉は「俺は社長だ」だったそうな。
 飛び降りが出ると総務の人間が青いビニールシートをズルズルと引いてきて死体にかける。そうして警察が来るのを待つのだ。検死が終わったらまたその青いシートを引きずって倉庫に入れ、来月の飛び降りに備える。
 印象的だったのは本社ビルが見えるお寺の境内で割腹自殺をした社員だ。きちんと本社ビルに向いて正座をしていたらしい。彼が何を考えていたのかは謎である。

 それでもこの会社の中では大した怪異は起きていない。
 これだけ厳しい労働条件だと怪異を起こすだけの元気はでないのかもしれない。