馬鹿話短編集銘板

ウルトラマンの夏

 あ、と思ったときにはもう遅かった。
 巨大な手が下りて来て体を鷲掴みにしたのだ。全ての力を使って抗ったが、その手はびくともしなかった。
 成すすべもなくウルトラマンは虫かごに放り込まれた。

 ウルトラマンは巨大化した状態でこの惑星に降り立ったが、自分よりも遥かに巨大な現住生物がいるとは想像もしなかった。余りに大きくて、そこに山が聳えているのだと誤認したのだ。その巨人はウルトラマンのほぼ二十倍の身長があり、見た目は人間の子供に見えた。
「おーい、タカシ。何か採れたか」もう一人の巨人少年が近づいてきた。「お、ウルトラマンじゃないか。いいな」
「へへ、上げないよ」タカシと呼ばれた巨人少年が答えた。
「ちぇ、いいや。ウルトラマンなら俺も持ってるし」
「後はセブンでコンプだっけ?」
「あれ、レアなんだよな」
 遠くで誰かが呼んでいる声がして、二人はそれぞれ家に帰った。

 竹のような植物でできている大きめの虫かごの中に乱暴に放り込まれた。
 虫かごの中にはもう一人のウルトラマンとゾフィー、そして驚くべきことにバルタン星人が居た。
 ゾフィーはウルトラ組織の中でも上級役職だし、バルタン星人は不倶戴天の宿敵だ。
 思わずバルタン星人に向けて構えを取るとゾフィーが止めに入った。
「よせ、そいつも虜囚だ。ここでは無意味な争いは禁止だ」
「ソノ トオリ ダ」バルタン星人が合成音声で答えた。「ワレワレ テキ デハ ナイ」
 もう一人のウルトラマンは虫かごを構成する竹ひごを殴り続けている。こちらを見向きもしない。
「あいつは止めろと言っても止めないんだ」膝を抱えた姿勢のままゾフィーは言った。「もう壊れかけている。お前も無駄なことに力を使わずにできるだけ体力を温存しろ」
 巨人子供の大きな目が虫かごを覗き込む。
「大丈夫だ。こちらの声は向こうには鳴き声にしか聞こえない。可聴域が違うんだ」ゾフィーが説明した。
「タカシ。ご飯よ、食卓に付きなさい」
 ママに呼ばれ、巨人子供は夕食のためにその場を離れた。
 自分を閉じ込めるこの牢獄の竹ひごに向けて、先客のウルトラマンがスペシウム光線を放った。まばゆい光ではあったが、その光線は竹ひごに触れて敢え無く散った。
「力を使うなといくら言っても聞かないんだ」ゾフィーがため息をついた。「この惑星の動植物はカーボンをベースにした非常に強靭な構造を使って体を作り上げている。あの巨大さが可能になる所以だな。その強靭さは我々が出せるどんな力でも破壊することができないほどだ」
「こんな惑星だなんて何も聞かされていません」新参ウルトラマンが不平を漏らした。
「だろうな。お前さん、前の任地で何をやらかした」
「何って・・何も」
「隠さずに言ってみな。何もかも分かっているんだ。ちなみに俺は人口密集地で大規模破壊光線を出してしまった。もちろん仕方なくだ。あそこでやらなかったら無限に増殖する新型怪獣に惑星中が汚染されていたんだが、本部のお偉いさんにとってはそんな事情は知ったこっちゃないってやつさ」
「あのその」もじもじしながら新参ウルトラマンが言った。「担当の惑星の政府がメフィラス星人の軍門に加わってしまったんです」
「ああ、そりゃダメだ。よりによってアイツらか。本部が一番目の敵にしている星人じゃないか。
 いいか、この惑星は別名懲罰惑星だ。他の星で失敗したウルトラマン連中がここに放り込まれる。何か手柄を立てるまではここに居続けになるが、こんな惑星で手柄なんかどう立てるというんだ?
 まあ事実上の永久島流し宣言なわけだ」
「ワタシ モ オナジ」隣で話を聞いていたバルタン星人が割って入った。「ミス シテ コロニー フネ オトシタ。 ボス オコッタ。 ワタシ ニ ココ シンリャク シロ イッタ」
 そこでバルタン星人は奇妙な笑い声を立てた。
「ココ デハ カイジュウ ナンノ イミ モ ナイ」
「皆、同じさ。ここは地獄のどん詰まり」ゾフィーがつぶやいた。「だが希望は捨てるな」

 次の日、巨人の子供のタカシがやって来ると、虫かごの中を熱心に見つめた。
「こいつが元気そうだ」
 虫かごの扉が開き、その隙をついて逃げようとした古参ウルトラマンを大きな手で掴んで、持っていった。
 虫かごの扉の鍵は簡単な回転式だったが、どれだけ力を込めてもウルトラマンには回すことができない。諦めて元の場所に戻り、大人しくゾフィーの横に座る。
「あいつ、どこへ連れていかれたんです?」
「ウルトラ闘技場だ」ゾフィーが答えた。
「闘技場?」
「子供たちの遊びさ。捕まえたウルトラマンや星人たちを戦わせて遊ぶのさ。勝てば相手の賭けたお菓子を貰える。俺たちは勝負の駒だ。
 俺も前に戦わされたことがある。相手はベル星人だったのが救いだ。同じウルトラマンと戦わされるのはやりきれないよなあ」
「その時に飛んで逃げればいいじゃないですか」
「逃げられないように室内でやるんだ。そして戦わずに逃げ出そうとしたら手足を一本折られてからまた戦わされる。それの繰り返しだ」
「何て惨い」
「子供たちに取ってはただの遊びだ。俺たちは彼らに取っては虫と同じだからな。この家の子供はあまりウルトラ闘技には興味がないからまだマシだ。他の子どもたちと来たら」
 ゾフィーはそこまで言って黙り込んだ。
 しばらく経ってから、ボロボロになった古参ウルトラマンが虫かごに放り込まれた。彼はしばらく倒れたままだったが、やがてヨロヨロと起き上がると、また牢獄への攻撃を再開した。

 次の日、またあの子供がタカシの家を訪れた。
「いいだろ。これ」
 何かの箱を見せた。
「あ、ケンジ。もしかして集めていたの全部やったの」
「大英断だぜ」得意そうにケンジが言う。「名づけて夏休み自由研究スペシャル、ウルトラ大図鑑だ」
 ケンジの手の中にある箱にはピンで止められたウルトラマン一家がずらりと並んでいる。
「これがキング。それにレオ、ティガ」
 タカシは言葉もない。
「タカシも自由研究はこれにしたらどうだ。ほら、これがウルトラマン採集キット」
 ケンジはごそごそとどこからかキットを取り出した。
「まずウルトラマンをこう抑えて、緑の液を注射するんだ。これが殺虫液なんだ。十秒で動かなくなるから、そしたらこれ、赤の保存液を注射する。最後にピンで標本箱に止めて出来上がり。どうだ簡単だろ」
 タカシはちょっと引く感じで標本箱を見ていた。そこにあるのはウルトラマンの死体の羅列だ。
「採集キットの残りやるからやってみな。もっともクラスで一番は僕のに決まりだけどな」
 ケンジが帰った後にタカシは採集キットを手に自分の竹籠を見つめていたが、そのうち採集キットをゴミ箱に投げ捨てた。
「ママ。お野菜、少し貰っていい?」
「何に使うの?」
「ウルトラマンのエサにするの」

 ウルトラマンは太陽の光さえ浴びれば生きられる。だが虫かごは日陰に置かれていた。バルタン星人には水と食料が必要だったが目の前に置かれた野菜を前にただ手をこまねくばかりであった。
 バルタン星人は一言だけ説明した。
「ワタシ コノ ホシ ノ クサ。 タベラレ ナイ」
 ウルトラマンは野菜に触ってみた。それは野菜というよりも鉄の感触と弾力を持っていた。超強靭カーボン構造という言葉が頭を過った。

 ウルトラマンとゾフィーは膝を抱えたまま蹲り、その姿勢のままでいた。その隣ではバルタン星人が押し黙ったまま同じように座っていた。ただしこちらは正座で。
 古参ウルトラマンはただひたすら脱出のためのあがきを続けていた。頑丈な竹ひごを殴り続けて手は血に塗れ、ときどき撃つスペシウム光線もだんだんと輝きを失っていった。もはや彼が正気ではないことは誰の目にも明らかであった。
 最初の内は興味深々という有様で虫かごを見に来ていた巨人の少年は、夏休みらしく徐々に自分の事だけに忙しくなり、やがては虫かごのことを忘れ去ってしまった。食べられることもなく投げ込まれた野菜は腐っていった。
 ある日、古参ウルトラマンが床に倒れたまま動かなくなった。カラータイマーからは光が失われ、その体は小さく萎びてしまった。
「力尽きたか。ああなるともう助からない」ゾフィーが首を振りながら言った。
「このままでは我々も直にああなります」新参ウルトラマンが答えた。
「だが俺たちの力ではもうどうにもならん。この惑星の物理場は特殊で体の大きさを変えることもできねえし、この牢獄から脱出する手段が一つもないんだよ」

 時は無情にも流れていった。
 ある日、バルタン星人が正座したまま横に倒れた。
「ワタシ モウ ダメ デス」
「気弱なことを言うな。きっとあと少しで助けが来る」
「キヤスメ デスネ」
 微かに笑いを含んだ声に思えた。
 バルタン星人は自分の胸から一枚のディスクを取り出してみせた。
「コレ ヲ アゲマス。ワレワレ シンリャク ケイカク デス。モシ ココヲ デラレタラ テガラ ニ シテ、 コノ ホシ デナサイ」
 それがバルタン星人の最後の言葉だった。

 ウルトラマンとゾフィーは二人の亡骸を虫かごの隅に並べておいておいた。
 死が秒読みで近づいて来る。

 ついにゾフィーが言った。
「俺の命も長くない。お前は生きろ。いいか、希望を捨てるんじゃねえぞ」
 そう言って、手を伸ばすと体内に残った最後のエネルギーを残ったウルトラマンに注いだ。
 久しぶりの暖かな光。
 それっきりゾフィーは動かなくなった。泣きながらウルトラマンはゾフィーの亡骸を先に逝った二人の横に並べた。

 巨人の夏休みも終わりに近づいた頃、タカシが虫かごのことを思い出した。恐る恐る中を覗いて、三人の亡骸を見つけた。
 ウルトラマンが顔を上げてタカシに問いかけた。
「これで満足か?」
 言葉は通じない。ウルトラマンの声は巨人には鳴き声にしか聞こえない。だがタカシはようやく自分が何をしたのかを理解した。深い罪悪感が彼の心を包んだ。
 その瞬間、タカシは大人になったのである。
「ごめんなさい」
 一言だけ言うと、タカシは虫かごを持って外に走り出した。草むらに虫かごを置くと扉を開いた。
 久しぶりの陽光の中に立ち、ウルトラマンは自分が出て来た虫かごを見た。ゾフィー、古参ウルトラマン、バルタン星人の亡骸が並んでいる。
 タカシが虫かごを置いたまま逃げ出した。
 自分の罪を置き去りにするかのように。
 非難の声から逃げるかのように。

 ジュワッ。掛け声と共に乏しいエネルギーの半分を使って、ウルトラマンはスペシウム光線を放った。それを受けて三人の亡骸が灰になる。
 それから上を向くと、ウルトラマンはこの巨人の惑星を飛び去った。
 彼は故郷に帰るのだ。