馬鹿話短編集銘板

親しき仲にも殺意あり

 あいつが俺の親友だと聞くと、人はいつも驚いた顔をする。
 そりゃそうだな。ただの高校生の俺とはあまりにも釣り合わないもの。

 柳生王都。有名な柳生財閥の跡取り息子だ。
 頭脳明晰、容姿端麗、弁舌爽やか。長身で一切のぜい肉のない身体。それはそうだろう。スポーツの高校生日本記録をいくつも持っているぐらいなのだから。
 天は二物を与えずとは言うが、あいつの場合は違ったようだ。おそらく考え付く限りのものを天はあいつに授けている。その一つでも俺にあったら最高の人生が約束されていただろうな。

 どうしてそんな男が俺のような冴えない奴の親友なのかって?
 そりゃ不思議に思うわな。

 あいつの家は家柄もある。さらにはいくつもの大企業のオーナーであるにも関わらず、実に厳しく徹底した教育方針を取っている。本当ならもっとハイ・セレブの行くような学校に行くべきなのに、一般庶民と同じ学校に通わせているぐらいだ。一人暮らしを覚えさせるためにそう大きくはないマンションの一室を買い取ってそこで暮らさせている以外は、普段の生活も特に贅沢なものではない。
 ハンサムでハイスペックなあいつが普通の学校に通うものだから、当然のように学校の鼻つまみ者たちの苛めのターゲットにされた。いくら進学校でも落ちこぼれてグレた奴らは必ずいる。周囲からは退学寸前と目されている奴らだ。何だかんだ理屈をつけて校舎裏に連れていかれたあいつを、俺は見捨てられなかった。不良どもに囲まれたあいつの傍に割り込んだのだ。

 今思えばどうしてあんなことをしたのか、自分の頭を疑う。俺は喧嘩なんかそう強くないのに。

 そのときのあいつの顔に浮かんだ驚愕の表情ときたら。きっと世の中にはこんなにお人好しがいたんだと、びっくりしたんだと思う。
 それからあいつは己を取り戻すと、不良に殴られそうになっている俺の首根っこを掴んで後ろに引き戻した。
 一瞬何が起きたか分からなかったな。
 次の瞬間には不良たちは全員床に転がっていた。流血もなし。怪我もなし。ただ単にそこに転がって、おまけにぴくりとも動かなくなっただけ。
 あいつ、小さい時から護身術を叩き込まれていたんだ。それもおっとろしく本格的なもので、間違っても一般人には教えてくれないやつだ。大金持ちの子弟は誘拐の危険があるため、両親が是非にと手配した武術の師匠が教え込んだ技だ。後で聞いた話では本気で一発殴れば人が一人死ぬ。そういう技だ。
 馬鹿な不良たちはその後も彼にちょっかいをかけようとしたとは聞いている。怖い先輩たちに頼んでろくでもない事を企んだらしい。そこで今度はあいつの隠れたボディガードたちが本格的に動いた。なんでも不良たちと関係がある暴走族の一団と、さらにそのバックについていた暴力団の一つが謎の勢力により壊滅状態に追い込まれたらしい。それ以降は不良たちは腫物を触るかのようにあいつの目の届かないところに逃げるようになった。

 くわばらくわばら。

 それからはあいつは俺のことを親友と呼んでやたら絡んでくるようになってしまった。こちらにはその気は一切なかったのに。
 まずは学校の行きかえりに俺の家まで迎えに来るようになった。学校ではもちろんいつも一緒にいたし、昼飯も学食で一緒に食った。どこをどうやったのかは知らないが、学期はじめの席替えの後はあいつは隣の机に座ることになった。

 恐るべし柳生財閥。まさに柳生一族の陰謀そのものだ。

 そういうわけで俺の高校生活はあいつ一色に染まってしまった。
 いつも一緒にいるのだからあいつのことは嫌というほど分かるようになった。
 顔は物凄くハンサムだ。まるでどこかの男性モデル雑誌から抜け出てきたような整った顔立ちをしている。一切手入れなんかしている気配はないのに、ニキビ一つできていない綺麗な肌。いや、それだけじゃないな。あいつは映画スターに見られるような強烈なオーラを纏っている。つまりどうしても人目を引き付ける魅力があるんだ。
 それに加えて高い身長と均整の取れた体つき、さらには武道で培われた優美な動きとくればもはや完璧だ。宝塚のスターがよりももっと凄い。道を歩けば年齢に関係なくあらゆる女性が振り返る。学校ではほぼ一日に一度は女子の誰かが告白に来る。いや、本当を言えばたまに男子も告白に来る。
 頭も凄いの一言だ。全国模試の結果を見せて貰ったことがあるが、全国で二位か三位だった。それも部活をいくつも掛け持ちしていることを考え合わせると、本当の実力はそんなものではないことは俺には分かった。たぶん。たぶんだが、あいつは目立ち過ぎないように密かに点をセーブしていた。
 天才ではないと思う。天才に見られる一部抜けた所がないから。全てを卒なくこなし、しかもそれをごく普通にやってのける。あいつを表現する正しい言葉は『超人』なのだと思う。どこか他の星から来た何か。あるいは来るべき未来に地球に君臨するはずの何か。

 あいつは一か月に一度ぐらいの割合で実家に呼び出される。つまり柳生財閥の本家にだ。跡取り息子なのだから当然なのだが。あいつの普段の生活は密かにあいつに貼りついているはずの見張りが逐一報告しているはずだから、これは純粋に親が子供に会いたいだけなのだと思う。
 そして俺は一度だけ、あいつに連れられてその本家にお邪魔したことがある。
 プライベートジェットでだ。
 柳生家は大きな島を一つ所有しており、その中を丸ごと自宅に改造している。実に美しい島で、大勢いる従業員たちにより完璧に世話がされている。プライベートビーチがあるのは当然として、果樹園に牧場まで備わっている。飛行場の島の反対側の位置には大きな船着き場があり、生活必需品の搬送が行われている。それは柳生家のためだけの一種の楽園であった。
 島に着くと大きな平屋建ての大豪邸に車で案内された。
 飛行場からいったい何十分かかったんだ? ここ。
 その大豪邸の中のびっくりするほど広い部屋の中にあいつの両親が鎮座ましましていて、あいつは横に並んだ俺のことを親友だと紹介した。そして俺のことを褒めちぎったんだ。
 堪らない。針の筵とはこのことだ。ここは俺のような人間が居てよい場所ではないと、早々に退散した。逃げる口実を思いつくのは大変だった。最初は腹痛だと説明したが、あやうく島の中にある柳生家私設の大病院へと送り込まれそうになって、慌てて仮病は止めたよ。まったく、もう。寿命がどれだけ縮んだやら。

 これであいつが俺を見下すような奴ならまだ我慢はできた。でもあいつはそうじゃなかった。裏表なく俺を親友だと言い、また実際に親友だと思っているのが俺には分かった。
 二人で飯を食いに行くときは必ずワリカンだった。あいつの財布にはいつも千円札が数枚しか入っていなかったからだ。どうやらあいつの生活費は柳生財閥とは別会計らしい。これも正しい金銭感覚を身に着けるためだと言っていたな。
 それでも俺の誕生日にはちょっとした記念品として古い野球のボールを送られた。そうだとも、サイン入りの野球ボールだ。ネットで調べて腰を抜かしたね。なんと七桁万円の品だ。
 あいつの説明によると、これはあいつの両親のちょっとした好意の表れらしい。
 それを説明するときのあいつの恥ずかしそうな顔と来たら。俺の心の動揺を見透かしているようだった。本気であいつは俺に悪いと思っていたんだ。自分の家の財産をひけらかしているようで。
「まあさすがにこれは貰えない。君から返しておいて貰えるか」
 そう言って俺がやせ我慢をしてボールを差し出すと、あいつは躊躇いながら言った。
「それは止したほうが良いと思う」
「どうして?」
「うちの両親は贈り物が突き返されると、きっと送り物が貧相すぎたんだと思うようなんだ。だからそれを返したら代わりに・・」
「代わりに?」
「次は豪華4LDK一戸建てが贈られて来ると思う」
 ひええええぇぇぇ。そんな物が贈られて来たら俺はきっと心臓が破裂して死んでしまう。
「やっぱり受け取るよ」
「それがいい」あいつは恥ずかしそうに言った。「本当にごめん」

 俺が密かに好きだった彼女があいつに告白して玉砕したときも酷かった。振られた腹いせに彼女はいつもあいつの傍にいる俺をそれはそれはひどい言葉で罵倒した。俺が思わず涙を一滴零してしまうぐらいに。それを横で聞いていたあいつは、初めて本気で怒った。その鋭く回転する頭で思いつく限りの強烈な言葉を作り、彼女の人格を攻撃したんだ。
 上から、下から、前から、後ろから。
 彼女の外面から内面まで、満遍なく爆撃は行われた。
 彼女の過去から未来まで、容赦なく攻撃は行われた。
 反撃も回避もする暇を与えず。縦横無尽に彼女の魂は切り刻まれた。
 言葉が人を殺すところを初めてみた。精神が壊れる音というものが存在するなら、最大音量で周囲に鳴り響いただろう。俺が密かに恋していた娘は俺の目の前で何か別のものに変貌した。
 彼女が虚ろな顔でペタリと地面に座り込むと、地面に大きな染みが広がった。自分が失禁したのだということも彼女は理解していなかった。
 体中の穴という穴から色々なものを垂れ流しながら彼女は泣いた。
 いや、咽びないた。
 いや、悲鳴を上げた。
 だが、真相はそのどれとも違う。
 あれは精神の壊れた人間の放つ鳴き声だった。
 その日以来、彼女は学校に出てこなくなった。

 ああ、あいつは本当に良い奴だよ。最高の親友だ。気が合うし、話は面白いし、それに俺のことをとても大事に思ってくれる。

 だから、なあ、分かるだろ?
 俺があいつを殺さなくてはいけない理由が。

 あいつが俺を傷つける気持ちを持たないとしても、あいつの存在そのものが俺の人生を無価値なものに変えてしまうんだ。あいつがいるだけで俺の魂は悲鳴を上げて苦しむんだ。





 人を殺す方法はいくつもある。そうなんだ、恐ろしく沢山ある。
 刺殺、撲殺、絞殺、焼殺。まるで人類の歴史はこの分野の大目録を作るためにああるかのようだ。
 あいつの目を盗んで、俺は怪しげな本を読み漁った。どれも表紙は黒色をしている本だ。その結果、俺があいつを殺すのに使える手段は一つしかないと結論を出した。
 武器を持って襲うのは論外だ。あいつは武道の達人だから。銃なら殺せるかもしれないが、今の日本で高校生が銃を手にいれるのは不可能に近い。
 でも一つだけ、力の弱い女子供でも大の大人を殺せる方法がある。
 そう、毒殺だ。
 恐らく俺の犯行はばれてしまい、俺は捕まるだろう。だがそれはどうでもいい。大事なのはあいつの存在が消えることだ。でなければ俺の存在が消えてしまう。
 毒で人を殺すことの最大の難点は、毒には致死量があり、その致死量を投与するのが非常に難しいということだ。大概の人間が致死量の毒を口にすると吐いてしまうのだ。何と素晴らしきかな人体の仕組みは。
 ヒ素なんかは無味無臭な上に蓄積するのでこっそりと飲ませるのにはよいが、致死量に達するまで飲ませ続けるのはやはり難しいし、おまけに検出が容易ときている。あいつの健康は定期的にそして徹底的に検査されているし、これだとすぐにばれてしまう。
 青酸化合物は強力で素早いが、それだけ厳しく管理されているので高校生の俺には入手が難しすぎる。
 色々考えた挙句、毒草の一つに目をつけた。これなら園芸用として手に入るからだ。
 この毒は匂いがないが、舌に刺激があるとなっている。さて困った。これをどうやって飲ませればいい?
 考えた末、一つの解決法を思いついた。もともと苦みのある食材に混ぜて食べさせれば気づかないんじゃないか。そう思ったんだ。
 そこで俺はある計画を立てた。





 その日、あいつの部活の帰りに夕食をどこかで済ませようという話に持っていった。あいつはいつも自炊だがたまにはこういうこともある。我が家の今日の献立は俺が大嫌いなものが出るんだと取ってつけたような理由をあいつは全く疑わなかった。

 本当にあいつは好い奴だ。殺したくなるほどに。

 最近できた中華料理屋に誘った。狙いは青椒肉絲だ。タケノコ、ピーマン、牛肉を細切れにしてオイスターソースで味つけした料理だ。ピーマンが入っているから多少苦みが増しても誤魔化せるはずだ。
「この店の青椒肉絲が絶品らしい。食ってみようぜ」
 そこで珍しくあいつは渋った。普段から何でも口にする奴なのだが。
 もしや俺の企みに気づいたのか。いきなり心臓がドキドキし始め、掌にねっとりした汗をかいた。
「俺いいや。唐揚げ定食にする」
 俺は慌てた。ここで唐揚げに逃げられたら計画が水の泡だ。
「なんだよ。友達甲斐の無い奴だな。わかった、ここは俺が奢るから、青椒肉絲いこう」
 友達甲斐。この言葉にあいつは滅法に弱い。物凄く弱い。俺だけが使えるあいつの弱点だ。
 渋々とあいつは頷いた。やったぜ、ゴールまで後少し。
 そう。後少しであいつは死ぬ。
 テーブルについて青椒肉絲を二人前注文する。料理が運ばれて来るまでの時間の長いこと長いこと。俺はその間、間を持たせようとあること無いこと意味のないことを喋りまくった。
 目の前に青椒肉絲の皿が置かれる。さあ、ここからが難しい。どうやってあいつの注意を他に逸らせるのか。俺は手の中に握りしめた小さな容器を意識した。
「僕、ちょっと先にトイレに行って来る」
 何という都合の良い話。天の与えたもうた絶好の好機だ。俺はふわっと体が舞い上がるような気がした。
「ああ、待ってるぞ」
 あいつが席を外し視界の外に消えるのを待った。いつものことだが店員の目はあいつの動きにくぎ付けになっていて、俺のことなんか誰も見てはいない。
 俺はすばやくあいつの皿をかき混ぜピーマンの切れ端を引き出す。この店の下見のときに分かっている。ここの青椒肉絲のピーマンは大振りに切るのだ。毒の粉が入った容器の蓋を開け、中身を小さなサジで慎重に抜き出し、一際大きなピーマンの欠片の裏側に詰める。それ以外の部分にかければさすがに食べているときに味の違いに気づかれるだろう。肉の部分が苦いわけがないからだ。三つのピーマンの欠片に毒粉を詰めた後で、あいつがトイレから出てくる気配がしたので、俺は慌てて容器を隠した。
 欠片三つ。致死量には十分なはず。
「お待たせ。あ、先に食べていて良かったのに」
「ああ、うん。まあ、俺たち友達じゃん。だからまあ一緒にと思って」
「気にしなくていいのに」
 疑いもしない。
 あいつは割り箸を取り上げ割った。その箸があいつの青椒肉絲の皿のピーマンの上で踊る。
 いきなり胃の腑に何かがこみあげてきた。俺は慌てて立ち上がった。
「すまん。俺もちょっとトイレ。先に食べていてくれ」
 トイレに駆け込んで吐いた。
 人を殺すのがこれほどきついとは思わなかった。俺の額に脂汗が浮かぶ。だが、ここで止めることはできない。このままでは俺の心はあいつの御蔭で完全に壊れてしまう。いや、もう壊れている。
 何か一つ。何か一つでも、あいつに欠点があれば、俺はあいつを許せるのに。
 しばらく気が抜けたようにトイレの前で鏡を見ていたことに、ようやく気が付いて俺は正気に戻った。一食分の青椒肉絲を食べきるには十分な時間だ。額の汗を拭いてから恐る恐るテーブルへと戻った。そこであいつが倒れている姿を見ることになるだろうなと思いながら。

 あいつはテーブルの前に座って、今まさに食事を終えようとしている所だった。もっと驚いたことに、あいつの空っぽの皿の上にピーマンのこんもりした山ができていたことだ。
「お前、それ」
「ああ、これ」あいつは顔を真っ赤にして俯いた。「駄目なんだ。残しちゃ駄目って分かっているけど、どうしてもピーマンだけは食べられないんだ」
「ピーマン。そうか」俺は自分の席に倒れるかのように座り込んだ。「ピーマンが食べられないのか」
「これだけはどうしてもね。他は何でも食べられるけど、ピーマンだけは苦手なんだ。まるで子供みたいだろう。笑わないでくれよ」
「スーパーマンの君の弱点がピーマンだなんて」
 胸の中でつっかい棒をしていた何かが解け、俺の心に安堵が広がった。
「俺はピーマンは平気だぜ」
 俺は自分の青椒肉絲からピーマンだけを取り出して食べてみせた。
「あれ、君、どうして泣いているの?」
 そう言われて初めて俺は自分が泣いていたことに気づいた。
「ああ、なんでだろうな。勝手に目から涙が。なんだかみっともないな。誰にも俺が泣いたなんて言わないでくれよ」
「いいよ。君も僕がピーマンが苦手だなんて誰にも言わないでくれよ。誰にも秘密にしているんだ」
「ああ、わかった。俺たち・・」俺は優しい思いの中で笑った。
 その後は同じく笑うあいつが続けた。
「・・親友だからな」



 それから二十年の歳月が経った。あいつは柳生財閥の総帥となり、俺はしがないサラリーマンになった。でも俺たちは変わらず今も親友であった。
 あいつは今もってピーマンだけは食べられないらしい。
 いつの日か、あいつがそれを食べられるようになった時のために、俺は今でも毒薬の小瓶を隠し持っている。