メーディア姫とコルキス王のその後)
いきり立つ軍勢を後に残して、約束通りにコルキス王ただ一人で、洞窟に乗りこんで来た。
「待ちわびたわ。お父様」
洞窟の先、やや広くなった場所でメーディア姫は待っていた。その足下に横たわるは次期コルキス王となるはずのメーディア姫の弟だ。
「メーディア! もう、止めておくれ」コルキス王は懇願した。
「お父様。私はまだ何も始めていませんわ。それより時間がありません。今から話すことをお聞きなさい」
「何を言っている。メーディア」
メーディア姫はコルキス王の言葉を遮り、続けた。
「まず、一つ。その横に置いてある箱の中にアプシュルトスの代わりとなるものが入っているわ。ばらばらの人体、弟一人分。それを代わりに持ち帰りなさい」
言いながら、足下にいる弟を縛っているロープをほどく。
「ああ、可愛いアプ。もう大丈夫よ」
メーディア姫は絶句しているコルキス王を横目で見た。
「お父さん。アプは名前を変えて他の国で暮らさせます。コルキスにはその箱を持ち帰り、アプは死んだと公表するのです」
「何を言っているんだ。メーディア」コルキス王は訳がわからずつぶやいた。
「コルキスはもう終りです。反乱が起きます。何十年という時間をかけて反乱勢力はコルキスの大部分に根を下ろしてきたの。大臣たちのほとんども寝返っているし、軍隊の半分もそうよ。お父様が何をしようとコルキスは崩壊を迎えます。お父様にできることはその時を少し先に延ばすことだけ。それとこれを」
メーディア姫は金の羊毛皮を差し出した。
「これは本物です。これを持ち帰り、宝物は取り戻したと国民には伝えるのです」
コルキス王は羊毛皮を掴むと、手触りを確かめた。
「これが本物なのか? ではイアソンは?」
「彼にも本物を渡しました。というより最初から本物なんか無かったのです」
コルキス王の疑問の視線をメーディア姫は真向から受け止めた。
「考えてもみて、お父様。空を飛び、人語を解するような金の羊。それがそんなに簡単に生贄にされるとお思い?
魔法の羊は殺される前に逃げだし、困ったプリクソスは金粉を振った羊毛皮を代わりに差し出したのよ。それを長い間、コルキスの民は本物だと信じ込んでいた。でもお父様。反乱勢力はお父様を追い落とすためにこの秘密を利用したの。時が来たときに、偽の羊毛皮のことを指摘し、国の宝をお父様が盗んだことにするつもりだったの。
だから長い時間をかけて、本物の金の羊毛皮をあたしは作ったの。それがその一枚。そしてイアソンに渡したのがもう一枚。
ああ、お父様。それを持ち帰り、手柄になさい。弟はこのあたしに殺されたとして国民の同情を買うのです。そうすればいましばらくコルキスの王位はお父様のものであるでしょう」
コルキス王の膝が落ちた。ここに来てようやく、すべての謎が解けたのだ。
「ああ、メーディア。済まない。お前が男に産れてこそいれば」
「わたしは今の自分に満足よ」
コルキス王の嘆息にメーディア姫はそう答えた。
「ではこれで長いお別れよ。お父様。これからイオルコスに行ってイアソンが王様に成れるようにお尻を叩かなくちゃ」