「昨日ね。ジュンコさんが来たよ」
病床の母が突然言った。
ジュンコさんと言えば、一年前に死んだ叔母だ。
母をお迎えに来たのか、と覚悟したがそれにしてはおかしい。
母の身を一番案じていたのは牧師をやっていた母の父親、つまり私にとっての祖父だ。母がまだ成人する前に死んでいるので、母はファザコン気味のところがあったし、祖父も母を猫可愛がりしていた。
もしあの世からお迎えに来るならば、祖父が来るはずだと思っていた。
次の日、母は言った。
「昨日はセキちゃんが来たよ」
セキちゃんは三年前に死んだ母の姉だ。
ははあ、と思った。どうしてそれほど親しくなかったのにジュンコさんが真っ先に来たのか理由が判った。
死んだ順番を逆に辿っているのだ。
先に死んだ者ほど冥界の奥にいるのだろう。だからこちらに戻って来るのに時間がかかる。幽霊は一日千里を走るというが、それでもなお旅路は遠いのか。
それからしばらくは何事も無かった。お爺さんが死んだのは六十年前だ。それだけ帰って来るのに時間がかかるのだろう。
そんなある日、母が言った。
「昨日はお爺さんが来たよ」
母の口からお爺さんという言い方をしているが、つまりは祖父だ。
ついに来たのだね。
母の時が尽きるのが近いことを知り、静かに心の中で涙を流した。