英語教室の先生に聞いた話。
その先生はアメリカ出身の若い女性で、父親は悪魔崇拝者であった。
日本では想像もつかないことだが、外国ではかってバージェスという男が主催した悪魔教団が大流行したことがある。その会員数は世界中で数十万人とも言われ、この教団が消滅した後も大勢の悪魔崇拝者を残す結果となった。その分派はいまだ各地に残り、アフリカの奥地での強制集団自殺などを引き起こし続けているほどである。
世界人口の四割がキリスト教徒であるということはそれに比例した数の悪魔崇拝者を生み出すということでもある。
話を戻そう。
この人は悪魔崇拝者の父親が嫌いだった。その影響から逃れるためにアメリカを出て外国を転々としていた。父親との間に大海原を置けば安全だと感じたのである。
先生と父親の間に何があったのかは知らぬ。ただ悪魔崇拝の儀式の中には、自分の子供の性的虐待から始まり、人身御供までをも含むので、命の危険を感じていたのかも知れない。大きく報道されることはないが、ごく普通の主婦たちにより構成される魔女集団による被害者一家惨殺事件など、今でもごく普通に起きているのがこの世界なのだ。
そのとき逃げていた先はオーストラリアであった。
レストランでのディナーのときのことである。
いきなりレストランの電気が消えると、隣で食事をしていた友人が暗闇の中で立ち上がり、父親の声でこう叫んだ。
「俺から逃げられると思うなよ!」
あらゆる物事をオカルト一色で考えるのは間違いだろう。この場合も、色々な可能性が考えられる。
父親は探偵を雇い彼女の居場所を突き止めたのかも知れない。そして彼女の友人を買収か脅迫し、レストランの電源に細工をして、その友人に芝居をさせたのかも知れない。自分の声を録音し暗闇にまぎれて再生しただけなのかも知れない。
あるいはこっそりと入国し、テーブルの下に隠れ潜んでいたのかも知れない。だとすれば、少しだけ笑えて、さらに少しだけ恐怖が増す。
あるいはちょっとばかり友人の頭がおかしくて、たまたまの偶然で停電したのを良いことに、ストーカーまがいのセリフを叫び、それを彼女の中の恐怖心が父親の声と勘違いさせたのかも知れない。
あるいは通りすがりのタヌキが、その友人に化けて彼女をからかっただけかも知れない。
あるいは。いや、もしや。彼女の父親が本物の黒魔術を使い、友人に憑依して彼の言葉を伝えたという可能性もあるにはあるが、まあ、それはないだろう。