都内の高級ホテルを借り切ってのパーティは宴もたけなわ。大勢の関係者が詰めかけていた。
大きな広間の段の上には、故人を忍ぶための遺影が一つ、黒いリボンをかけられて置かれている。他には別に葬式を思わせるようなものは何もない。いくつも配置されたテーブルの上には、惜し気もなく盛られた山海の珍味と手の込んだ豪勢な料理が並べられている。
おりしも大きなケーキが運ばれてきて切り分けが始まっていた。
穏やかな笑みを浮かべているメガネをかけた老人の遺影がなければ、芸能人の結婚式と言ってもそのまま通りそうな雰囲気であった。
「いや、まさか、あの人が死ぬとは」
いぎたなくも料理をほうばりながら一人が言いだした。
「おや、あなたはご存じない? 何でも一年ほど前に癌を宣告されていたそうでしてな」
手に料理の皿を持ったまま、物知り顔のもう一人が答えた。最初の男の顔をじっと見ていた隣の人物が、さも納得したという様子で後を続けた。
「ああ、この人。たしか借金を作って逃げていたという噂の」
あたふたとその場を去って行った男の後を、目を細めて見つめながら、さらに言葉をつないだ。
「逃げなくてもいいのに。ここにいる人たちはみんな同じようなものなのに」
「インド文化の研究では相当の権威の人物だったのに、いざご自分の経済ということになると、疎い人でしたからなあ」そっと笑みを浮かべながら酒を口に運んだのは、また別の人物であった。
「それもそれ、何でも借金の保証人にされて、大変苦労なさったとか」
「まあ、一人、二人ではなかったようですからな。そういうあなたももしや?」
「いやいや、よしてください。冗談じゃない」
「ご主人側の実家が相当な資産家でなければ、今頃は一家揃って路頭に迷っていたでしょうなあ」
「そればかりでもないようですよ。ほら、あの喪主の奥さん。いまでは引退していますが、十年も前には有名な料理学校の校長を務めていた人。全国チェーンを展開して、ずいぶんともうけたという噂。何でもご自身の料理の腕も相当なもので、いま出されたケーキもあのご老女じきじきに作ったとかいう噂ですよ」
「はははあ。何とも元気な人ですな。あの大きなケーキを一人で。あ、切り分けが始まるようですよ」
「まあ、見た目は元気なようですが、ご主人が死なれたときには、ずいぶんと取り乱したという話で」
「愛情深い夫婦だったのですな。ああ、ケーキを配っているようですよ。はは、これはまた見事な」
「ほう。これはいける。本物の味だ」
「これはイタリアから取りよせた生クリームですな。この少しざらつくところが特徴といいますか」
「もう満腹だと思いましたが、これはまたいくらでも入るうまさですな」
「ああ、ほら、奥さんが壇上に上る。どうやらこれで葬式は終わりとなるような」
「残念ですよ。この葬式が終わってしまうのは。これほどうまい料理は久しぶりに食べた」
「はは、本当に残念なのは、もう借金ができなくなったことでしょう。あの奥さんの方じゃ、気軽には貸さないでしょうからね」
「それ以前に、親戚連中が周囲をがっちりと固めてしまっていますな。奥さんの方ももうずいぶんなお歳だし、子供もいないという話ですから」
黒の喪服に身を固めた老女は写真の横に立つとマイクを握った。歳に似合わぬほどの強い調子で、しっかりとした言葉を響かせた。
「皆さんもご存じのように、インドでは鳥葬という風習があるそうです。死体を砕いて破片として、ハゲタカに食べさせる。そうすることで死者の魂を天に返そうとするのだと、いつもうちの主人は言っておりました。
主人の遺言は、自分もハゲタカに食べさせて空の上に戻りたいと言うことでした。
残念ながら日本にはハゲタカはいませんし、私どうしたらよいものかと、主人が死ぬまでのこの一年思案にくれておりました。
でもわかって見ればとても簡単なことでした。
日本にもハゲタカはいたのです。
正確に言うならばハゲタカと呼ばれる人たちが。
後の始末は簡単でした。土葬ということで手にいれた死体はそのまま切り分け愛情と手間暇をかけて料理いたしました。骨も細かく砕いてペーストに練りこみました」
そこまで説明すると、喪主である老婦人は溜まった涙を着物の袖でそっと拭き取り、誰にも見間違えようのない動作で、広間の真ん中のテーブルの上に広げられている料理の残骸を示してみせた。
「どうかみなさん。主人を天国へ運んであげてくださいね」