あ、と思ったときはもう遅かった。
追いつめていたはずのトラが視界から消え、顔のすぐ横に出てきた。銃を使う余裕なんかない。大きな前足の一撃で俺の首は宙を舞った。頭が乗っかっていた切り株から勢いよく血が噴き出すのが見えたところまでは覚えている。
その先はこの暗闇の中だ。どうしようと真っ暗の中をさ迷っていたら、遠くに光が見え、俺はその方向へと進んだ。光は大きくなり、気づくと奇妙な法廷の中に俺は居た。
白い何かの石で出来た床。大きな机。そして法衣を着て顔一面にヒゲを生やした大男がその机に座っている。周囲は壁も何もない真っ白な場所だ。大きな鏡が一枚、机の横に置いてある。
見えない何かに両腕を掴まれて、俺はその大男の前に引き出された。
「これよりこの男の裁判を開始する」大男が宣言した。「被告は絶滅寸前のトラを密猟することを生業とし、その皮を剥いで売りさばいていた。このたびトラに逆襲されて死に、当法廷に召喚された」
それからは長々と俺の罪状が列挙された。いったい誰が俺を監視していたのやら。その内容は多岐に渡り、おまけに正確だった。今までに騙した女のことや、こっそりと殺して密林に埋めた人間のことまで全てお見通しだった。
「以上がお前が犯した罪状だ。相違ないか?」
俺は頷いた。ここまで知られているなら誤魔化せるはずがない。ここは素直に認めて心証を良くする一手だ。
「では判決を言い渡す。被告は今後トラに生まれ変わってトラの一生を送ることを命ずる。この場合、自殺は認められない。自殺した場合は最初から罪の償いをやり直すことになる」
俺がトラだって!?
今までトラを狩ってきた俺が、今度は狩られる側に回るのか。世界とは何ともうまくできているものだ。
だがそれならそれで良い。これこそ願ったり叶ったりだ。俺はトラになって自由に生きてやる。好きなところに行って、好きな獲物を狩り、好きな生き方をしてやる。最後は他の密猟者に殺されるにしろ、それまでは思うが儘の生き方をしてやる。
誰も俺には追い付けない。誰も俺には敵わない。
俺は笑った。大男も笑った。
「では直ちに刑を執行する。この者をトラに転生させよ」
こうして俺はトラに転生した。
トラは絶滅危惧種だってことは説明したよな。ほとんどのトラは動物園の中に保護されている。鉄の檻の中で俺が転生したトラは悲しそうな声で吠えた。