馬鹿話短編集銘板

風鈴

 私は風鈴が嫌いだ。というより風鈴を適当に吊るす人間が嫌いだ。

 風鈴を吊るす行為には作法がある。夏の穏やかな風が吹くとき、涼を取るために短期間だけ吊るすのが正しいやり方である。
 それを吊るしっぱなしにするとただの騒音源にしかならない。それが分からぬほど感性の低い人間が風鈴の音色を楽しもうなどというのがそも間違っている。
 ガラス製の江戸風鈴のカンカンと煩いのは耳に触るし、南部風鈴は音色は良いがそれでものべつ幕なしに鳴られると物凄く癇に障る。

 我が家の近くにあるご近所さんもその類だ。年がら年中風が吹き抜ける軒先に風鈴を吊るしっぱなしにするので、朝も昼も夜もチリンチリンと大きな音で鳴りっぱなしだ。さすがに近所から苦情が出て町内会長が注意に訪れたこともあったが、住人の恐ろしい剣幕の怒鳴り声が轟いただけに終わった。それ以来近所中からほぼ村八分の状態に置かれているが、その家の住人は気にしていないようだった。
 堪らない。一日中風鈴の音が耳から離れない。
 だから強硬策を取ることにした。
 深夜、そっと家の裏手に回り、軒先の風鈴を棒で叩き落した。派手な音を立てながら地面に転がった風鈴を拾い上げて逃げ出した。これから先も風鈴が吊るされる度に同じことをやるつもりだった。
 これだけの音がしたので当然気づかれる。家の中に動きがあり灯りがついた。庭へのガラス窓が乱暴に開けられると中から怒り狂った住人が顔を突き出した。
「いったい何をしやがる! 風鈴を戻せ! 今すぐだ! 早くしないと・・」
 その先は聞けなかった。
 窓の向こうから黒い剛毛の生えた巨大な腕が突き出すと、怒鳴り散らしている住人の胴を鷲掴みにして、そのまま家の中に引き戻したのだ。その手には鋭い鉤爪が生えていた。
 家の中から身も凍るような悲鳴がして、それきり音は消えた。
 私の手の中で風鈴が小さくチリンと鳴った。


 私は今でも風鈴が嫌いだ。
 だがそれでも私の家の軒先では一年中風鈴が鳴っている。