ああ、うん。そうだよ。その高田の馬場のゴーストハンターって言われているのは、うちのおじいちゃんだよ。そう、だけど本当は僕のおじいちゃんじゃないんだ。おじいちゃんのおじいちゃんって話なんだ。でも、実はうちのお父さんも同じことを言っていた。いつでも、おじいちゃんのおじいちゃんらしいね。今年で何歳になるのかは僕も知らない。きっとうんと歳を取っているのは間違い無いね。時々、おっそろしく昔の人のことをまるで知り合いのことのように話すけど、どこまでが嘘でどこまでが本当かは判らないなあ。おじいちゃんは平気で嘘をつくことがあるもの。血が繋がっているのは本当だろうね。何て言うかな、おじいちゃんはお父さんと同じ匂いがするんだ。それともお父さんがおじいちゃんと同じ匂いがするのかな。
おじいちゃんが幽霊を退治しているところは見たこと無いな。そういう場所に僕を連れて行ったことは無いもの。だけど、僕もおじいちゃんほどでは無いけど、恐い思いはよくしてるよ。こういうの霊感があるって言うのかな。でもね、これってちょっと霊感と言うのとは違うと思うな。持って生まれた運だと思う。恐い思いをする運。笑わないでよ。こっちは真剣なんだから。
僕の恐い話が聞きたいって?
君も物好きだなあ。でも本当に気持ちの良い話じゃ無いよ。それでも聞きたいって。判った。じゃあ一つだけ話してあげる。僕が見た本当の話をね。でもいいかい。僕の話を聞いたら、君にも僕の悪い運が移るかも知れないよ。それでもいい?
判った。警告はしたからね。
僕が学校に自転車で通っているのは知っているだろ?
その途中で国道の脇の道を通るんだけど、あそこって実によく猫が轢き殺される場所なんだよね。あの辺りって農家が多いだろ。老人ばかりで寂しいからって猫をたくさん飼っている家が多いんだ。その猫が良く国道を横切ろうとして車に轢かれるんだ。
ほら、猫って自分に向かって来る車を見ると、驚いてうずくまってしまうだろう。跳んで避ければいいのに、うずくまるから、車が避けない限り轢かれてしまうんだよね。黒く血の跡が残るアスファルトの上に、ぴったりと猫の毛皮だけが貼りついている光景は、見ていてあまり気持ちのいいものでは無いよね。
でも実際に目の前で轢かれるのを見るのはもっとひどい。僕はその瞬間を見たことがあるんだ。でも不思議なことにその猫がぶち猫だったのか黒猫だったのか、それとも白猫だったのか、どうしても僕には思い出せないんだ。何度も何度も見たはずなんだけどね。
猫をはねた車の方はさっさと逃げたよ。猫を殺したことを気にもしていなかったようだ。近所じゃ有名なおばさんドライバーで、ものすごく運転が下手なんだ。よく車や人にぶつけては口先でごまかして逃げるんで、しょっちゅう自宅に怒鳴り込まれている。君も知っているって。じゃあ、もの凄く有名なおばさんなんだね。あれでよく免許が取り上げられないものだよなあ。あのおばさんの乗っている車と来たらあちらこちらにぶつけているせいでバンパーなんかもうぼろぼろなのに。
ああ、で、猫の方と来たらこれが悲惨なんだ。首がぐんにゃりと曲って口から血を吐いていた。内臓もはみ出していたしさ、あたり一面が血だらけさ。猫一匹からあんなにたくさんの血が流れるなんて驚きだよね。もちろん、猫は即死。道路の真中に転がっていたよ。僕はそのまま学校に行ったけどね。地面に埋めてやろうにも道具は無いし。第一、もの凄く汚いんだもの。それに僕の飼い猫ってわけでも無いし、僕が殺したわけでも無い。
いつもの猫のように、きっとぺっちゃんこの毛皮になって道路に貼りついているんだろうと考えながら、学校の帰りに見ると猫の死骸は道の脇に転がしてあってね。そう、怨めしそうな目を見開いたまま、転がっていたよ。たまんないなあ。今でもときどき夢に見るよ。あの目は。
で、次の日の朝に同じ道を通って見ると、その猫の死骸の顔の部分に何か布が掛けてあったよ。誰かが見るにみかねて掛けたんだろうけど、それぐらいならどこかに埋めて欲しかったなあ。
その日の夕方に見ると、もう死骸は無かったんだ。少しほっとしたけどね。きっとどこかの人が保健所に知らせて片付けて貰ったんだと、その時は思っていた。いや、もしかしたら本当にそうしたのかも知れない。保健所の人も一度は片付けたのかも知れない。
話の筋が判らないって?
すぐに意味が判るよ。すぐにね。
まあそれで、そのまま何も無ければ良かったんだけどね。そうはいかなかったんだ。
日曜日を間に挟んで、次の月曜日にクラブ活動で遅くなって帰ったときにね、自転車のスタンド、ほら、自転車の横に自転車を立てるための金属棒が出ているよね。バネ仕掛けの。そのスタンドが何か重いものを引っかけたんだ。ずるずると。で、驚いて自転車を止めて見ると、これが、あの猫の死骸なんだ。
そりゃあびっくりしたよ。だって凄まじい有り様だったもの。以前に見たときよりもっとすごいことになっていた。目は一つ飛び出して白い糸で顔からぶらさがっていたし、腹は破れて内臓がはみ出していた。またその臭いと来たら。死臭って言うのかな。初めて嗅いだよ。正直言って、心臓が止まりそうだったよ。
自転車を揺さぶってようやく外したけどね、もう死骸を片付けようなんて気は失せていた。そこに放り出したまま慌てて逃げ出したよ。もの凄く気分が悪かったけど、君だってあんな目に遭えばそうするだろう。
次にあれを見たのは数日後かな。国道で後ろからトラックに追い抜かれる時は、僕は一度自転車を止めることにしている。トラックの起こす風に巻き込まれると転ぶことがあるからね。そうしてトラックが行きすぎるまで道路脇で見ているんだけど、その時にすれ違ったトラックの後に何かの紐が垂れていて、その先にあの猫の死骸がぶら下がっているのを見た。うん、僕の時よりもっとひどい状態だったな。一口では言えないけど、思わず僕が顔を背けたぐらいだから。
でも話はそれで終わりじゃ無かった。
僕はその後に何度もその猫を見掛けたんだ。死んだ猫をね。いつも同じさ。ある時は車のどこかに引っ掛かっていたし、ある時はトラックの荷台の上に半分折れた足を突き出して載っていた。だんだん悲惨な姿になりながらも、それは何度も僕の前に姿を表わした。
いや、その猫の狙いは僕じゃ無かった。だけど僕はそういう所をつい見掛けてしまうんだ。おじいちゃんの影響かな。でも変だよね。あれだけ何度も見たのに、その猫の体の模様だけは思い出せない。黒猫だったような気がするけど、はっきりとは言えない。
ああそうだよ。今、僕は猫の狙いと言った。その猫は確かに死んでいたけど、別の意味で死んではいなかった。何度もその猫の死骸を見ているうちに僕にもだんだんと判って来たんだ。考えてもみなよ。普通の猫ならば、車にはねられて一日も経てば、道路に残るのは毛皮だけになる。だけどその猫はむごい有り様になりながらも決してバラバラになることも無ければ、毛皮だけになることも無かった。ウジ虫がどんなに涌こうとも、決して食いつくされはしなかった。いつでも出来立ての腐乱死体だったんだ。その猫は。
そしてもう一つ僕が気付いたことがある。僕が猫を見掛けた場所さ。最初は国道の南側、次が川と交差する山の裾の国道の所、次はあのマーケットの横だ。そう、あの猫をはねたおばさんの家のある方向に向かって、あの猫の死骸は移動していることになる。
もちろん死骸だから動くはずはない。あの猫は死んでいるわけだから自分じゃ動けるわけがない。だからこそ、あの猫は他の車や僕の自転車なんかに引っかかりながら移動していたんだ。自分を殺して、しかもちっとも気にも止めなかった者の所へ。少しづつ、しかし確実に。
その後?
その後は知らない。あの死骸が果して目的の家へたどりついたかどうかも。このことに気付いてから僕は学校へ行く道を変えたんだ。猫の死骸に遭わないように。前よりは随分と遠回りになったけど、その方がうんといいから。
もしかしたら今でもあの猫の死骸はどこかの車を待ち構えて、まだ道端に転がっているのかも知れないなあ。でも僕はね、猫の死骸が憎むべき相手の元にたどりついた時に何が起こるのか、知りたいとも思わない。それに自分がそんなことの標的にされると思っただけでもぞっとする。それ以来、僕は前よりも慎重に自転車を運転している。いつ、どこで、いきなり飛び出して来た猫を轢き殺さないとも限らないからね。
生き物を殺すってことは恐ろしいことだよ。・・・特に、猫はね。