想像暗黒界の執事は、冒険者全員が新しい世界に出かけるのを確かめてから静かに扉を閉めた。
部屋の中を静寂が満たす。幻の暖炉の中で存在しない薪が、幻影の炎に弾ける音を響かせる。仕事を終えて管理者はすでに去っている。
一人残されたファイサルが深く大きな息を吐くと、ソファーにもたれかかった。
「ファイサル様」
執事が酒の入った大きな壺を渡すと、ファイサルはそれを喜んで受け取り、長いストロークで一気に飲みほした。
その様を見ていた執事が感想を漏らす。
「そうしていると、以前に海の水をすべて飲み干しかけたことを思い出します」
ファイサルは罰の悪そうな顔をした。
「あの時は酒だと思ったんだよ。巨人の魔法でな」
ファイサルは手を伸ばして折れた剣を撫でた。
「ご苦労だったな。すぐに元のように打ち直してやるからな。しかしこいつが自分を捨ててまでドームを救おうとするとはびっくりだ。よっぽどドームが気に入ったんだな」
「自分を捨てて、でございますか」
「当たり前だろ。いくらドームが力持ちだからって、人間が踏んだぐらいで魔剣が折れるわけもなし。こいつは自分から折れたんだ」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
執事は酒壺を片づけながら、ファイサルを見て目を細めた。
「しかし、ずっとドーム様の傍にいたのなら、もっと姿を見せてお上げになればよかったのでは?」
ファイサルは頭を掻いた。
「いや、それじゃ、過保護ってもんだろ。師匠がべったり弟子にくっついていたのでは、弟子が育たない。それにあまり深く関わると俺の正体がばれちまう。特にキリアがいるとなあ。あの爺さん、おっとろしく鋭いんだ」
「マーニーアン様は知っておられたようですが」
「彼女はな。彼女はすべてを知っている。だけど彼女は大丈夫だ。秘密を簡単に漏らす人じゃない」
「しかし、いくら過干渉は禁じられているからとは言え、人間に扮装するのはやりすぎだったのではないですか」
執事は指摘した。
「しかしこうでもしないとな。もう俺たちの時代は終わったのだし。いつまでも元の名前で地上をうろつくわけにはいかんだろ」
「それもそうですね」
「それにエーギルの館の中で酒ばかり飲んで過ごすわけにはいかんしな。神々だって冒険の一つぐらいはしたいものさ」
「この扉はこれで終りです」
執事はドームたちが元いた世界の扉を指さした。もうすでに扉の外見は揺らぎ始めている。じきに崩れてその後には、何もないただの壁だけが残るだろう。
「寂しいのかい。まあ、また新しい世界ができるさ」
「で、また貴方さまは冒険にお出かけになると言われるのですか?」
「そりゃあ、退屈だからな」
戦士ファイサルであった者は立ち上がった。折れた剣を大事そうにそっと拾い上げる。
「さてと、これを元のように打ち直させないとな。エイドリとブロックは今どこにいたっけ。やっぱり肩に担ぐものがないと、何だかハダカになったような気分だ」
どことも知れぬ場所に通ずる扉が開き、また閉じる。
執事はその後ろ姿にお辞儀をし、そして次なる来客のために調度を整え始めた。