SF短編銘板

俺の生き方

 まったく世の中は羊の様に大人しい奴らばかりだ。俺はそう思う。ちょっと度胸を据えれば、自分のしたい放題の暮らしが出来る。こんないい世の中なのに。凄いグラマーで美人の女を腕に絡ませたまま、俺はステージに立つ。まったく超越共産主義さまさまだぜ。

 そう、今は本当に良い時代だ。あらゆる物がその気になれば簡単に手に入る。問題はただ一つ、ルーレットだ。
 この惑星の初期入植者はこれから作る新しい世界から一切の富豪を無くすことに決定した。無制限に蓄積できる通貨こそ富の偏重を生み出し、社会を歪めるという考えの元にだ。そして彼らは一般的な通貨の代わりにこのシステムを考え出した。人間の持つ無限の欲望を自分自身で抑えるためのシステム。
 通称ルーレットだ。
 この惑星では店の類はすべて国営だ。必要なものはすべて勝手に取ってもよい。だが仕掛けがある。
 あらゆる商品にはクレジットという値段がつけられている。これは普通の惑星での通貨に当たる。そして各々の職業にも月毎の給料に相当するクレジットの額が決められている。何かの物やサービスを買いたければ手持ちのクレジットの額までは普通に買うことができる。だが手持ちの額が不足した場合が少しだけ異なる。
 月に決められた限度額以上のものを取った場合にはその越えた分だけルーレットを回す必要があるのだ。
 低い額の場合はロー・ルーレット、結構な額の場合はミドル・ルーレット、非常な高額の場合はハイ・ルーレットを回さなくてはならない。各ルーレットには大当たりが設けられており、その大当たりが出た場合には投獄の憂き目が待っている。罪状は国家財政浪費罪。
 たいがいの人間はロー・ルーレットすら回す必要はない。安いものを食べ、安いものを着て、安い家に住むならば。クレジットの持ち越しは認められていないが、贅沢品の類は年単位で限度回数が決められている。たとえば豪勢な食事などは年に数回までは誰でも許されている。
 だがな、そんな生活にいったいどんな意味がある?
 羊のように罰を恐れ、手の中の小銭を勘定しながらビクビクとおびえて暮らすだけ。それが死ぬまで延々と続く。

 俺はそんなのにはうんざりだ。悠々自適に暮らしてやる。必要なのはほんのちょっぴりの覚悟。それだけだ。
 かくいう俺も以前まではそういった羊の一人だった。ある日出会った師匠にこの生き方を教えられるまでは。ルーレットの結果を恐れるな。人生には限りがある。師匠はそう言って、俺をハイ・ルーレットの世界へと送り込んだ。
 最初は確かに俺も怖かったよ。だが、そうそうルーレットで大当たりなんかでないことが分かるにつれて、俺の生活は変わった。
 いま俺が住んでいるのは郊外にある豪邸だ。本来は大企業の経営者か国の重鎮しか住めないような邸宅だが、ハイ・ルーレットを十ほど回すだけで手に入った。毎年メンテにハイ・ルーレットがもう一回。
 邸宅のガレージには高級車が五台ほど駐車してあるし、使用人たちも大勢働いている。彼らと俺の差は、ルーレットを恐れるか恐れないか、それだけだ。

 今日の昼飯は最高に上手い食事だった。超がつく高級レストランだ。本来の市民ならば数年に一度しかこういった贅沢は許されない。だが、ルーレットを恐れなければ毎日でも食べることはできる。
 俺は店の出口に設えられているミドル・ルーレットのステージに立った。ミドル・ルーレットの大当たりの確率は千対一だ。女の分も加えて回す回数は二回。
 ルーレットは勢いよく回転し外れが二回。俺と彼女は無事に店から出た。
 この程度では俺の運はまだまだ尽きない。

 ねえ、と俺の腕にぶらさがっている女がねだった。その指さす先には宝飾品の店。
 こいつだってそうだ。自分で買えばいいものを、ルーレットで当るのが恐くて俺に買わせる。そのかわり、俺はこいつの身体を頂く。単純な取引。それだけだ。
 高価な宝石店においてあるのはハイ・ルーレットだ。大当たりの確率は百対一。
 今回買ったのは宝石がたくさんついたネックレス。ルーレットの回数は三回。俺はステージに立ち、ルーレットを回した。
 一回、外れ。二回、外れ。三回、外れ。それで支払いは終いだ。
 俺は平然とステージから降りた。女は俺の方を見もせずに、ショーケースの中の指輪を見ている。この安物の指輪のどこが気にいったのやら。
 俺は店員に命じて指輪を取り出させると女の手の中に押し込んだ。
 この程度の値段だと載るのはミドル・ルーレット。確率は千対一。
 俺はルーレットを回した。
 ルーレットの回転が徐々に緩くなり、そして止まる。
 ベルが鳴り響いた。大当たり警報が出る。
 どおおおお。周りで羨望の目と共に見守っていた奴らが騒ぐ。ふん。自分じゃ買物をする根性が無い癖に、俺の様な者に対するやっかみだけは一人前だ。女も顔色を変えて脱兎の如く逃げ出した。
 みっともないったらありゃしない。
 買い物をしたのは俺だが、自分も巻き込まれると思ったのだろう。何も判っちゃいない。
 だいたい、一般のルーレットは意外と大当りの確率は高いのだ。そうでないと人々は慣れて、すぐに過剰消費に走るだろう。これは脅しのためのものなのだ。警備員が駆け寄って来て、俺を捕まえると駆け付けた警官に引き渡す。
 離せよ。誰が逃げるものか!
 そのあと俺は警察に連れていかれ、書類を作成された後にもう一つのルーレットのステージに立たされた。
 ここまでは何度も来たことがある。
 警察ルーレットの確率は二十対一。ここで大当たりが出なければ晴れて無罪放免となる。
 くそ、あの女め、ここから出たらどうするか見ていろ。代わりをやりたがっている女なら幾らでもいるんだからな。まずはあの宝石つきのネックレスを取り返してやる。それから俺の邸宅から裸にひん剥いて放り出してやる。
 腹立ちまぎれにルーレットの回転ボタンを叩く。ルーレットは勢いよく回りだした。
 女への復讐を五通りほど考え出したところでルーレットは止まった。
 大当たり警報が鳴った。

 こうして俺は軽犯罪刑務所へと入所することになった。

 国家財政浪費罪を犯した場合でもその時点の保有財産は三年間は凍結される。つまり俺が三年以内にここを出ればすべては元通りということになる。
 軽犯罪刑務所は作務無しの禁固のみの刑務所だ。俺の場合は約二年の刑期となるので、ここでのんびりと過ごせばよい。
 だが、俺は二年も待つつもりは無かった。その間あの女は俺の邸宅で何不自由なく生活するだろうという確信があったから。
 移送手続きが終わるのを待って、俺は真っ先に軽犯罪刑務所の中のルーレットを訪ねた。そう、一般には釈放ルーレットと呼ばれるものだ。残り刑期の長さに合わせた回数だけルーレットを回し、大当たりが出なければ即時釈放される。大当たりが出ればさらに重い罪に問われる。大当たりの確率は意外に高い。ここでは五対一だ。
「刑期がほぼ丸々残っているので、ルーレットを二回ほど回してください」
 刑務官が説明した。
 大したことはない。このぐらいの確率は勝ってみせる。俺には今まで勝ち続けてきた実績がある。それに負けてここに墜ちてきたことは忘れて、俺は勝負に出た。
 ルーレットの回転ボタンを押し込む。
 ルーレットが重々しく回転する。それは大当たりを反対側に置いて止まった。これで俺の刑期の内、一年は短縮されたことになる。
「もう一回です」刑務官が示唆する。
 俺は回転ボタンを叩いた。
 ルーレットは回転し、そして大当たり警報が鳴り響いた。
 衝撃のもたらす痺れの中で俺の両手を誰かが掴んだ。

 俺は次の重犯罪刑務所へと送られた。

 重犯罪刑務所は重々しい金属製の刑務所だった。厳しい作務スケジュールが組まれ、常に監視される。
 重犯罪刑務所の中にもルーレットはあった。大当たりをだせば軽犯罪刑務所に戻ることができる。それが嫌ならばここで作務をしながら十年単位の時間を過ごすしかない。
 刑務所の中で同室になったのは、驚いたね、俺にルーレット生活を教えてくれた師匠だった。久しぶりの再会に感激のハグをした後、俺たちは随分と話し合った。
「お前、またルーレットを回すつもりか」師匠は言った。「止めておけ。ここから先は洒落にならん」
「師匠らしくない。人生は太く短くでしょ」
「この下に一度俺は堕ちたんだ。そうしてようやく戻ってこれたんだ。もう俺はルーレットは回さないよ。俺の運は枯れ果てた」
「情けない。あんたを見損なったよ」俺は師匠を責めた。
「好きにしな。とにかく俺は降りた」
 師匠はそれを最後にベッドに寝転がると目を瞑った。

 躊躇う理由がどこにある?
 俺はルーレットに挑戦した。確率は三対一。
 参ったね。またもや大当たりが出るなんて。

 護送車に揺られて強制労働キャンプに向かう旅は長かった。お蔭で、まさか、という驚きから立ち直る時間は十分あった。何が確率は低いだ。あの馬鹿看守め。いや、それとも俺の運がひどく悪いのか?
 キャンプは例によって極寒の地にあった。

 ここが俺の行き着いた終着点か。地獄だろうな。そう思いながら、キャンプと言う名の巨大な刑務所の門に歩きながら俺は嘆いた。これほどの規模の建物だ。世界中には俺の様な馬鹿か運の悪い奴が山ほどいるのだろう。建物の門の上には見なれたルーレットがあった。
 俺だってそこまで馬鹿じゃない。今度は真面目に働いたさ。だけど強制労働キャンプの生活はきつい。それもおそろしく。
 毎朝足の指先は凍りつく。食い物はパンと何かの栄養剤だけ。そんな食事だから、ここでは常に便秘が続く。朝から晩まで重労働だが、それをやっているおかげで凍死しないで済む。先に入っていた収容者の話では、収容者の死体でこの荒地を肥沃にするのが目的とも聞いた。
 一週間で音を上げた。
 ルーレットの前に立つ。ここのルーレットの確率は二対一だ。
 つまり半分の確率で重犯罪刑務所に戻れる。残り半分は即時死刑だ。
 回れ右して、もう一週間頑張った。
 そしてまたルーレットの前に立った。
 勇気が出なかったので、さらに一週間頑張った。そして右足の指が凍傷にかかっているのを知り、ようやく決心がついた。どのみちこのままでは死ぬ。
 ルーレットの回転ボタンを押す。
 運命のルーレットは回り、そして止まる。
 刑務官がやってきて俺の両腕を掴んだときでも俺は笑い続けていた。

 俺の抗議も虚しく、手続きはすらすらと進み、俺は電気椅子へと送られた。
 喚きちらし、泣きちらし、それでも容赦無い執行人の手で電気椅子へと引きずられていった俺はそこでまたもやルーレットを見た。ルーレットは電気椅子の上に取り付けられていた。

 なんだ、これは一体。このルーレットは。今度ばかりはルーレットが回るのを見ることは許されず、椅子に縛られて目隠しをされていた俺は喚いた。なんのためのルーレットだ。
「黙っていろ。ルーレットが止まるぞ」執行人の声だ。
 何人か執行官が集まってルーレットを食い入るように見ているのを感じる。いい気味だと俺を笑っているんだろう。くそ。
「あ、出た」
 誰の声だ? 何が出たんだ?
「大当りだ!」誰かが叫ぶ。
「当刑務所始まって以来だ!」これは執行人の声だ。
「何て幸運な奴だ」
「うらやましいなあ」刑務官たちが口々に叫ぶ。

 え。え。何だって。幸運!

「どうしたんだ。大当りが出るとどうなるんだ?
 もしや・・釈放だな!
 釈放になるんだな!」
 どうだ見てみろ、俺はやっぱり運がいいんだ。最後の最後に大当りを出すなんて。
 それに答えた執行人の声にはやや笑いが混じっていた。
「いや、ここで大当りが出ると、死んだ後に天国にいけるんだ」
 そこで大きく息を吸うと執行人は怒鳴った。
「電源を入れろ!」