渡る世間は銘板

渡る世間は 四つん這い

 深夜1時。自転車で帰路につく。
 ペダルが止まった。
 そこにあったのは角地に作られた大きな敷地の平屋だ。門が大きく開いていて、そこに女の人が一人いた。
 街灯に照らされて。
 四つん這いで。

 ごく普通の服装をしていた。スカートもごく普通の丈。顔は平屋の玄関へと向けられている。
 ぴくりともしなかった。背後で自転車が止まった音は聞こえているはずなのに。そこだけ時間が停止しているかのように感じた。まるでこの光景をガラスの中に封じたように。静寂。虫の声すらない。
 その状況で声を掛けられるほど私の神経は太くない。そのまま自転車をこいで我が家へと向かった。

 誰もいない深夜の静けさの中で四つん這いの女の人が何をしていたのかは分からない。
 果たして生きている人間だったのかどうかも分からない。